異色の米国人 施設長 
 マシュウ W. カラシュさん
 

                            鎌倉・城廻 特別養護老人ホーム
                                       「ささりんどう鎌倉」

順調だった英語教室の経営を閉室し、飛び込んだ福祉の世界
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 全国でも珍しい米国人の施設長が運営のかじ取りをする、特別養護老人ホームが、市内城廻にある。

「毎日のように新しい難題がふりかかります。でも、それが福祉という世界なんですね。大変だけどやりがいがあるし、未来への夢も膨らみます」。職員をはじめ入所している人達とも、その巧みな日本語でコミュニケーションをはかる。充足感に満ちたマシュウさんの表情や、活きの良い会話は、施設の中を明るく、なごませる
 
 24歳の時に、ニューヨークから単身日本に渡る。中国に強い関心を持っていたが、先ずは日本で修業と、英語教室で働くうちに、2教室を持つ、教室の経営者になる。
 「英会話のことだけでいいのだろうか。悩みましたね。今は若いから元気もあるし、意欲もある。もっと、やりたいことにチャレンジしたい」。
 7年前から、ささりんどう鎌倉でデイサービスのボランティアを始めた。午前は車の送迎や介護をし、午後は東京に戻り、英語教室の仕事を務める、二足のわらじだったが、福祉の仕事の面白さ、将来性に突き動かされるようになる。
 
 家族、隣人が助け合う日本の文化 

 「日本では昔から、家族や近隣の人達で助け合って、お年寄りの面倒も見てきましたよね。みんなで支え助け合う。そういう文化をもともと日本は持っていたはずです。だから、地域の人達に声をかけて、例えば、介護のための教室。要は介護が必要でない老人になるように、そんなことを勉強する教室をうちの施設の中でやってみたい、と思っています」。
 日本人がもっと早くに気付き、実行していなければならない。何気なく、やり過ごす地域社会の営みに、外国人らしい着眼点で迫る。
 
 
     新たな夢も膨らませて    

 日本の文化と似ている韓国は、この先、日本と同じような状況になりつつあると見込む。近いうち韓国人の友人とともに視察に行き、なにか役に立つ事があればと思っている。いま海外への展開を、具体的に考えているわけではないが、中国に行く当初の望みは封印。韓国での福祉事業を、夢のひとつに抱え込んでいる。
 2年間のボランティアを経た後、ヘルパーの資格を取得して、正規の職員になる。高給を得ていた英語教室をさらりと捨て、13年かけて作り上げた教室を閉室した。
 
夢を追ってこその人生、お金ではない
 
「人生お金ではありませんね。やりがいや生きがい。夢を追っていく。このことが大事だと思っています。何がやりたかったのか。それが福祉の仕事だと思っています」。少子化が進み、それは特養で働くスタッフの充足さえ難しくさせ、これも目下頭の痛い問題と言うが、同時に、増え続ける高齢者の介護をより困難にさせることでもある。困難で難しい仕事だからこそ、マシュウさんのエネルギーが燃え立たぎる
   空手や合気道も初段の腕前。茅ヶ崎で日本人の奥様と、二人の娘さんとの生活。自宅は畳と、障子を張った純和風式。ご自身のご両親は米国、兄妹はポーランド、アルゼンチンそして日本。世界ではこれが当たり前のグローバル一家。不便なことなど一つもなく、外国の家族たちとも毎日のようにnetを通じてハローとやりあい、コミュニケーションを欠かさない。1967年生まれの42歳。

 
 
社会福祉法人 湘南育成園が経営するささりんどう鎌倉。平成14年に開所し、特養70床、ショウトステイ18床、デイサービス40人の施設。"上質サービスを多くの人に"をモットーとし、職員数も必要人員を確保しているという。 つい先日、鎌倉出身のフルート奏者が、コンサートを開いてくれた。